異端者の悲しみ

耽溺日記

地下室のメロディ

あるターミナル駅前のビル地下を彷徨った末、私はとある喫茶店のソファに腰を下ろした。木目や紅いベルベット地のソファといった、純喫茶的な内装ではなく、白や灰色を基調としたシンプルかつ70年代的なテイストを感じさせる店内は喫茶店よりはお酒を提供するラウンジの様な場所を思わせた。正午過ぎ、勤め人達が出たり入ったりする店内では、これまた70年代を思わせるイージー・リスニングが流れていた。

この数日間、私はとある男と行動を共にしていた。彼はこの街の何処かに女性と逢いに行った様だ。私は彼がその女性と会うことに不安を抱かなかったと言えば嘘になる。久々に訪れた街での先の見えない時間、勝手の分からない喫茶店では寛ごうにも寛げぬ。児玉誉士夫の評伝を目で追いながら、冷コー、アイスコーヒーの略、を口の中に転がしながらひたすらに彼からの連絡を待った。

この街に来たのも、昨夜の宿を決める顛末も、そして、この喫茶店での待ち時間もどこか現実離れしたものに思えた。彼から連絡が来た。どうやら美人局などには遭っていない様だ。

茶店を後にした。彼と夕方に再会出来るのか?という一抹の不安を抱えつつ、中華屋、喫茶店、麻雀屋、金券ショップ、居酒屋、等々が軒を連ねる地下街を歩きながら、目に付いたトイレで用を足した。個室の壁には謎の電話番号がいくつも記されていた。これらの番号に電話を掛けてみると、そこから何か始まるだろうか?と、謎の番号を見る度に考えるが一度としてそれらに電話を掛けたことはない。再び地下街を彷徨い、数年前に友人と食事に来たレストランなどを見ても想い出に耽る程の余裕も持ち合わせていなかった。数日間の間、とある男と過ごした中で気付いたのは、大きな街、特に夜の街に私達の居場所はなく、昼間から喫茶店に溜まってはカップをスプーンで掻き回し煙を吐く事しか出来ないという厳然たる事実だった。

ターミナル駅前の雑踏に疲れた私は190円の切符を買い、私鉄電車で工業地帯の中洲にある宿に戻る為にホームへと降りた。折からの伝染病に対する注意喚起の放送が流れる人影少ないホーム。伝染病の終息も、この旅の行方も何もかも分からなかった。

 

 

続くかもしれない