異端者の悲しみ

耽溺日記

酒と涙とドーナツと女

 お酒を飲むようになった。角やオールドを、ワン・フィンガー、ツー・フィンガーとロックでちびりちびりと歌謡曲のレコードなどを聴きながら飲(や)る。何故だかは分からない。周りの“極上”の男や女達はお酒を嗜む人が多いし、スナックへも懐の余裕がある時は行っているし、ムード歌謡やジャズといった飲酒に親和性のある音楽を聴いているばかりだから、これまでもお酒に親しむ機会はあった筈だ。けれども、二十代の半ばの今まで殆ど飲むことは無かった。体質的に弱いことがあるし、何にでも依存をしてしまいがちな自分の特性によって遠ざけていたからだ。

 そんな話はさておき、一月の末頃、“極上”の男からLINEが来た。「金沢へ行かないか?」私は“金沢”という言葉を信じていなかった。“極上”の男ともう一人の“極上”と三人で、半年に一回、北陸へ旅をするのが半ば恒例行事と化しているのだが、これまで二回、殆ど金沢へ足を踏み入れることは無かったからである。誘いの旅程すぐ後に、徳島行があったため、最初は断ろうと思っていた。「バスはもう取ってあるし。」腹を括るしかないのだと悟った。バスの行き先が確かに“金沢”となっていることに安堵した。この旅で何が起こるか知ろうともせずに。

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 滋賀の北部辺りから雪が路肩に残るのをちらりちらりと見るようになった。来たる北陸の寒さを思いつつ、サービスエリアに立ち寄った私は、喫煙所でハイライトを吸いながら“知多”の小瓶を傾けた。福井駅などに寄りつつもバスは早めに金沢駅へと到着した。凍てつくような北国の風から身を庇うようにコートの襟を立てると、雪が舞い出した。ここでいつまで過ごすのだろう?不安が胸をよぎった。“マイルス・デイヴィス”と見間違えるような名前の安ホテルにチェック・イン。看板も青色を基調としていたので、これは確信犯といっても差し支えなかろう。宿代に似合わない清潔かつ広々とした部屋で再び“知多”をロックで飲(や)り始めた。この後に先輩と合流する予定だったので、そこでも飲めるにも関わらず、この時の私は琥珀色の誘惑には勝てなかった。タクシーで香林坊の“大和”へと向かった。元来、酒に弱い私は火照る身体のまま、デパ地下や男性衣料品売り場を“極上”の男たちと共に彷徨った。

 そうしているうち、先輩がやってきた。飲み屋は片町の街外れにあるという。再び凍てつく金沢の街を歩き出したが、“知多”に暖められた身体は寒さをものとはしなかった。繁華街を離れて徐々に薄暗くなる街角に私たちは不安を覚えた。“金沢”で遊ぼうというのはまるっきりの嘘で“銀色のトヨタ製中古車UFO”に乗せられて、“エリア51”に連行されるのでは無いだろうかと。エリア51とは勿論、比喩である。その土地に行くといつ帰ることが出来るか甚だ不透明なのだ。わたしたちの憂慮をよそにして、一軒の居酒屋に腰を落ち着けることになった。北国にあるのに、どこか“海の家”を思わせる店内で、海の幸に舌鼓を打ち、この旅でも“博打”を打ち続けているな等と何の関係もないことを思った。

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 酒が入ると歌いたくなるのが人情というものである。わたしの場合、酒があろうとなかろうと歌いたいのであるが。居酒屋を出た後、片町の灯り眩しい界隈へと歩きつつ、スナックを探した。時節柄、大抵の場所が開いていなかったが、とあるスナック・ビルの中にあるアルファベット一文字の店名のお店だけは開いていた。迷わずに飛び込むと、“魔笛”が流れており、奥の方の席には鼻が大きくない大川栄作と研ナオコマリリン・モンローが座っていた。恰幅の良いマスターは“ママ”と呼ばれていた。

 “知多”に居酒屋のハイボールと、飲み始めの飲酒一年生にしてはハイペースで飲んでしまったので、このスナックではコーラを頼んだ。飲む歌う吸う飲む歌う吸う語らう語らう歌う吸う飲む、この繰り返しである。横の友人のグラスにシーバスリーガル12年が“わんこウイスキー”と言わんばかりに注がれ続けるのを見て、ここでコーラを選んだ自分に救われた思いがした。ママの昔の“男”の話などに耳を傾けつつ、また歌う。どこかの色男は、隣り合った女性を口説いていた。これが“正しい”夜だと思った。北国のぬるま湯の様な微睡の中に夜は束の間に過ぎていった。

 翌朝、思っていた時間よりも随分と早く目が覚めたので、“色男”を誘ってモーニングへ行くことにした。“ジョージ・クルーニー”はまだ深い眠りの中だ。近江町市場近くにあるその喫茶店は、定食の様な量のモーニングが売りである。500円で朝一番からお腹いっぱい。内装も勿論のこと素晴らしければ、ママも親切。煙草を軒先で吸わなければいけないという点を除いてみても満点だ。有難う。f:id:yangchangpong:20220224115310j:imageこの日は夕方まで特に何もしなかった様に思う。昼は近江町市場の寿司屋で海鮮丼を食べ、雪がますます激しくなる中を喫茶店でホテルのチェックインまで時間を潰して、ドーナツをたくさん買ってホテルで食べた。この後、三日間ドーナツを毎日食べることになるとも知らずに。酔人であるわたし達は、繁華街により近いホテルを身体が求めたのである。マイルス・デイヴィスからホテルを移したわたし達に待っていた夜は如何なるものだったのか。当初の想定よりも長くなってしまったので、何回かに分けて書いていこうと思う。お付き合いくださいませ。

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